3-⑦.青年期

半生

約1年ぶりの帰郷だった。

他県で就職してからと言うもの、公私共に新しい経験の連続で、地元の友人達とは連絡すら取り合っていなかった。初賞与を叩き車の運転免許を取得して、安い中古車を購入後、ようやくその年末に満を持しての里帰りとなった。

自分は極度の『方向音痴』だ。あの頃は『ナビ』など無い。会社の先輩に帰り道を指南して貰い、それを地図に起こして緊張の長旅を敢行した。幸い、国道を通れば迷う要素の無いほぼ一本道だったが、運悪く道路工事に遭遇し、迂回路でパニックを起こしながらも、見覚えのある風景に辿りついた時の安堵感は、今も忘れ得ぬ記憶として残っている。

 

やっとの思いで友人達と合流し、お互い、この一年を値踏みする様に雰囲気を確かめ合う。

 

『ふ~ん、ハイネックとか着る様になったか』

『何だそりゃ』

『少し痩せたか?』

『かもな』

 

他愛も無い会話だが一瞬で距離が縮まる。それからは、何を気遣う事も無いあの頃が蘇り、競い合う様に馬鹿話をぶつけ合った。僅か一年程では、人間そう変わるものではない。とは言え、劇的に変化した事もある。その一つが『移動手段』だ。全員『車』を得て、行動範囲は大きく広がっていた。

その夜も『車』で、町を当て無く徘徊する。自分は友人の助手席に座り、見慣れた道を先頭で疾走していた。そして『信号機』に差し掛かった時、運転手の行動に目を疑う。

信号は確かに『赤』だった。ところが、友人は何食わぬ顔で交差点を駆け抜ける。

『うおい!』

『今、赤だろ!』

『ああ、本官は良いんですよ』

『はあ?!』

信じ難いが、その当時、彼らの間では『信号無視』が流行っており、久方振りに帰った友人に、得意満面で初披露と言う訳だ。正に『愚かな若気の至り』と言う他無いが、人通りが無く完全に見通しが効く場所に限定している様で、運良く事故にあった試しは無いとの事。だが、その日、とうとう『悪運』が尽きてしまう。

 

ドライブは町を周回し、夜中の『駅前』に辿り着く。当然、最も交通量の多い区間だ。そして、交差点に差し掛かった時、信号は『赤』になった。『勿論止まるだろう』そう信じて疑わなかった。しかし、

 

『・・おい』

『・・・・』 返事が無い。妙に緊張感が高まっている。

『やめろ! 流石に、』

その瞬間『青』の車線から、車が出てくる。

『うっわ!!』

 

ドグウ゛ワッっシャア゛あぁあン!!

 

右折車の横腹へ猛スピードで激突し、友人の車はボンネットの半分以上が無くなった。自分はシートベルトをしておらず、前方に吹っ飛び、フロントガラスで額を強打した。不思議と痛みは無かったが、スローモーションでガラスに亀裂が入る瞬間が鮮明に見えた。被害車側は、ねずみ花火の様に回転しながら靴屋のシャッターを突き破り、店内を滅茶苦茶にして、ようやく止まった。最悪の事態を想像したが、大破した車からスナックのボーイと思しき若者が飛び出し一声『お前等!!絶対嘘つくなよ!!』彼は飲酒状態で、客の車を借りて買い物途中だったらしく、自分の正当性を必死になって捲し立てていた。

奇跡的に怪我人こそ出なかったが、年末で特に人が多い中、駅前は野次馬の群れで騒然となった。自分達は警察に連行され、署で個別に事情聴取を受けた。

 

『は? 飲んでない?』

『はい』

『じゃあ、寝てたのか?』

『いえ、寝てません』

『・・駅前の交差点に素面で突っ込んだのか?』

『はい』

『・・信じられん、お前等、一体何考えてるんだ』

『すみません』

 

そりゃあ、警察も呆れるだろう。『こんな馬鹿が居るから、何時まで経っても自分達の仕事が無くならない』そう思われて当然だ。取り調べは5時間以上に渡り、気が付けば署で年越しを果たし、解放された頃には、すっかり夜が明けていた。

 

『ご出所、おめでとさんです!』 出迎えの親友だ。

『・・うっせ』 既に精魂尽き果てている。

『いや~、無茶しましたなぁ』

『おう! 二人で死線を越えて来たぜ!』 運転手の友人は何故か元気だ。

『勝手に越えんなぁ!!』 最後の力でマジ切れした。

 

まさか、初の帰省がこんな事態に陥るとは夢にも思わず、呆然自失の新年を向かえる。当然、罪は償う事になり、大いに懺悔しなければならない。失敗の代償を払いつつ、大人の階段を登るのは若さの特権かもしれないが、やはり『人様に迷惑を掛けてはいけない』それを学ぶには、余りにも十分過ぎる程の苦い経験だった。

以上