ここに入社出来たのは、運が良かったと言えるだろう。
高校の成績からは、分不相応な会社へ潜り込めたと思っている。
地元採用という形での入社だが、まだ、この時は働くべき場所が無い。将来的に支社が出来るのを見越しての採用だった。
取り敢えずの丁稚奉公で、隣県にある支社への辞令が下った。
当然、場所以外は何も解らない。全てが白紙だ。公共機関を辛うじて乗り継ぎ、何とか社会人としてのスタート地点に辿りついた。
『良く来た!迷わなかったか?』 所長から歓迎の言葉を頂く。
『全然大丈夫です!』 大いに迷ったが、ここは当然強がる。
『ご苦労さん!社宅に案内するよ』指導係の先輩だ。そのまま、これから寝泊まりする部屋へ案内された。荷物は届いている。大した物は無い。直ぐに荷解きして最低限、生活が出来る状況を作った。
社宅の屋上に出る。天気は良い。洗濯物を干すロープを掛けながら、町を見渡した。
『ここから、新しい生活のスタートか』 期待と不安が、胸に入り混じった。
緊張の初日だ。この分所に配属された新入社員は、自分を入れて4人。皆、地に足が着いて居ない。フワフワした感覚のまま、日々の教育を受ける。自分は学生時代からノートだけは、真面目に取るタイプだった。状況次第では、形だけでも質問をする気遣いもある。また、資格試験で講習を受けて居ないにも関わらず、1人合格してしまう等、何故か上々のスタート。周りの先輩方に『あいつは出来る』と噂される程だった。
しかし、それが大いなる『誤解』である事が判るまで、左程、時間は掛からなかった。
この時期は『仕事』より、『社会』というものを勉強した印象が強い。配属された分所は、数ある中でも『濃い』方々の集合体だった。
【ホストの(A)さん】バイトでホストをしていて、『平野ノラ』が持っている大型の携帯電話を実用して、本業より忙しそうだった。当然やたらモテるため、2回/週の頻度でコンパがあった。口より拳が先に出るのは、ご愛敬。
【反社に憧れる(B)さん】恰好がそれ。常日頃から『俺はゴマすりで出世する』と豪語していた。実家がお金持ちで100万円札を見せびらかすのが得意技。とある飲み会で、散々見せびらかしといて、お勘定の時『1人、5,000円ね!』 奢りじゃないんかい! 最初の1年間、毎晩の様に白タクをしたのは、良い思い出。
【巨根の(C)さん】その痩身からは想像も付かない、立派な一物をお持ちの方。『秘密兵器』と称される。
【酒乱の(D)さん】普段は『虫も殺さぬ』大人しい人だが、飲むと豹変。植木は抜いて回るわ、所長の頭をスリッパでハタくわの一人無礼講。加えて『泣き上戸』のフルコンボ。個人的には、泣き上戸が一番タチが悪い事をこの人で教えられる。
【アル中の(E)さん】大体、影のある所で寝ている。
【ロッカー荒らしの(F)さん】周りからは『病気』という事で警察沙汰にはなって無いが、この人に向けて『パチンコで勝った』は禁句。また、異様なモテ方をする人でもあり、初対面の女性から開口一番、『二人でどっか行こう』と誘われるのが一度や二度ではない。あれを『フェロモン体質』と言うのだろうか。
【バイセクシャルの(G)さん】一時期狙われてた気配があり、夜勤の仮眠時間は恐怖に震えていた。
【退職推進の(H)さん】新入社員に必ず、『この会社は辞めた方が良い』と洗礼する困った人。今では課長。
【パチンコ大好きの(I)さん】店で挨拶しても『喋り掛けるな!体内電流が乱れる!』と、ガチギレするのが芸風。
【冷蔵庫大好きの(J)さん】現場から帰ると『必ず』冷蔵庫を開けて中を確認する癖があった。気になって一度、先輩に聞いてみた。
『あの人、必ず冷蔵庫開けますけど、何を探してるんです?』
『あれはな、『勇気』を探してるんだ』 いや、そこには無いでしょ。
この個性豊かな方々に、世間知らずを徹底的に叩きのめされる、4年間が始まった。
以上