3-⑧.青年期

半生

他県での丁稚奉公を終え、ようやく地元に舞い戻った。

自分は20代半ばを迎え、所謂『遊び盛り』だ。有り余る体力と脆弱な財力を注ぎ込み、睡眠時間を犠牲にしながら、刺激を求めては町をうろつき廻っていた。

その頃は親友が所属する『市リーグ』のサッカーチームに入団し、久方振りにボールを蹴る楽しみを味わっていた。自分は基本的に独りを好むが、多くの人達と試合や飲み会等に興じていると、何だか『陽キャ』になれた気がして、輪の中にいる安心感も中々に捨て難い事を痛感した。

そんな初夏のある日、親友と狭い田舎で『出会い』を探し町を徘徊していた際、とあるお店が目に留まる。最近、開店したばかりの『焼肉レストラン』だ。既に昼時を迎え、腹も空いてきた。少々贅沢ではあるが『初物』見分がてら、ちょっと寄ってみる事にした。

 

『いらっしゃいませ~』

『こちらへ、どうぞ』

 

当然、店内は新しく綺麗だ。愛想よく窓際の席へ案内される。お昼時の焼き肉屋だけに、結構空いている。自分達は『ビビンバ定食』を注文し、特に会話も無く、陽光を浴びながらのんびり呆けていた。

 

『お持たせしました~』

 

客が少ないため、大した時間も掛からず注文の品が運ばれて来た。店員も暇なのだろう。わざわざ二人で運んで来る。目の前へお膳が置かれ、湯気を避ける様にウエイトレスの顔を見上げた瞬間、図らずも全身に『電気』が奔った。

 

『・・可愛い』

 

メッチャタイプだった。生まれて初めての『一目惚れ』と言って良いだろう。去り際を更に目で追う。後ろ姿もイイ。久々に舞い降りた『恋の予感』を感じていると、対面で全く同じリアクションをしている奴がいた。

 

『・・イイ』

『あん?』 こやつ、もしや

『今の子、超可愛くない?』

『そうかぁ?』 苛立ちから、つい否定する。

『いや、絶対可愛いって!』

『・・・』

 

それ以来、親友はすっかり『恋の病い』に掛かってしまった。この場合、大概は『先に言った者勝ち』だろう。後塵を拝せば、取り敢えず援護に回るしかない。『ちょっと待った』も有りだが、友情と天秤に掛ければ、自ずと答えは出てしまう。複雑な心情を抱えながら、連日、愚痴にも似た悩みに付き合わされる羽目となった。

 

『なあ、どうしたら良いと思う?』

『知るか、告ればいいだろ』

『そんな無茶な! 真剣に考えてくれよ!』

『真剣って、他に方法ないだろ』 そして、振られちまえ。

『いや、マジで惚れてしまって、顔見て話せない・・』

『なら、ラブレターでも送れば?』 面倒臭えな。

『・・それだ!!』

『・・はぁ?』

 

適当に答えたつもりが、最適解になってしまった。今時手紙とは時代錯誤だが、親友のハイテンションに巻き込まれ、渾身の『恋文』作成に付き合わされる。その全文がこれだ。

 

『初めまして。突然のお手紙失礼します。以前、そちらのお店で食事をした者なのですが、あなたが私のビビンバ定食を運んできた時、その美貌につい、目を奪われてしまいました。『おまたせしました』の声に電気が奔ったのです。一目惚れと言う他ありません。あれ以来、あなたの存在が片時も頭から離れず、食事もままなりません。叶う事なら、あなたと同じ空間と時間を共にしたい。あなたのゆくもりを感じたいのです。もし、幾ばくかの興味を感じて貰えたのなら、何時でも構いません。この電話番号へご連絡ください。よろしくお願いします』

 

う、うわぁ~・・こ、これで良いのか? こんなのお互い書いた事ない。答えが全く解らず、無言で二人固まる。何度も読み返していると、ん? 明らかな誤記がある。

 

『おい!『ぬくもり』が『ゆくもり』になってるぞ!』

『あ! ほんとだ! あぶねえ!』

親友は直ぐ様、消しゴムを取り出す。

『いや、ちょっと待て!』

『え?!』

『・・やっぱり、このまま行こう』

 

只でさ、、不審がられる可能性が高い。ここは『抜けている』部分を見せて、警戒を解く作戦に出る事とした。それから満を持して再度、店に訪れる。同じ『ビビンバ定食』を注文し、その時を待つ。すると、ホントに運良く『彼女』が配膳に来た。

 

『お待たせしました』

『・・あ、あの!』

『はい?』

『こ、これ、良かったら読んでください!』

『え? あ、はぁ・・』

 

彼女は戸惑いながらも一応受取り、厨房へ消えた。自分達は居た堪れ無くなり、急いでビビンバを掻き込み、早々に退店した。

 

『き、緊張したぁ!』

『いや、お前スゲエわ!』

『連絡あるかな?!』

『結構、満更でも無く見えたぞ?!』

『よおし!』

 

意気揚々と引き上げる。だが、待てど暮らせど携帯は鳴らない。正直、自分はこの返答が無い状況に少なからず『安堵』していた。しかし、数日後、親友の携帯へ待望の着信がある。

 

『はい』 非通知で怪訝に出る。

『・・あの、手紙を頂いた者ですが、』

『あ! は、はい!』

 

それから、親友は丁寧に自己紹介を始めた。こうなれば、持ち前の愛想良さと話術で、信用を得るのは時間の問題だろう。次の日、二人は改めて顔を合わせ、付き合い始めるまで、左程の日数は必要無かった。似合いのカップル誕生に祝福以外の道は無い。その後は頻繁に3人で遊ぶ様になり、幸せのお裾分けをして貰った。後日、事の顛末を聞きつけた友人が、同じ様にコンビニの店員へ恋文を送る。これ又、見事成功し、果ては結婚にまで漕ぎつけた。実際に個性が現れる『手書き』には、一種の魔力が宿る可能性を伺い知れた一件だ。

 

良くある青春を謳歌しつつ、貴重で儚い素敵な時は過ぎて行く。だが、運命は決して優しいばかりでは無い。何時までも続くと思われた平穏の先に、ゆっくりと悲劇の影が忍び寄る。

以上