4.桃源郷

その他

ストレスと老廃物は溜まるものだ。

転勤先では『ウォーキング』が、ストレス解消法だった。昔から、自分に都合の良い妄想をして歩くのが最高の気分転換であり、更に『足ツボ』マッサージで疲れを癒し、心身共にリフレッシュするのが、ささやかな『楽しみ』でもあった。

その日も、お決まりの散歩コースで街をフラ付く。気持ちの良い天気に、何時もより遠出する事にした。車で通れば見落しても、歩けば気付く事もある。知った筈の道に、思い掛けない一軒の店が目に留まった。

『リラクゼーション 足ツボ』

お! こんな所にもあったのか! これは『足ツボ好き』として見逃せない。さっそく近寄り雰囲気を伺うが、看板メニューを見て目を疑う。

『足ツボ30分 500円』

は!? 何それ・・破格すぎる。こんなお値段見た事無い。特にサービス期間という訳では無い。通常価格でこの金額とは信じ難いものがある。散歩コースを変えた先で、思わぬ『桃源郷』を見付けてしまった。

だが、流石に安過ぎる。逆に不安を感じ、店内を覗いてみる。数人の客は居るが、足をバスタブの中に突っ込み、何やらリラックスモードだ。足ツボをしている様子は無い。『あれ?違うのかな?』訝りながら立ち尽くしていると、

『ガララ』 引き戸が開く。

『いらっしゃいませ』 う・・見つかった。

『あ・・いやぁ、ここ凄く安いですね』 慌てて取り繕う。

『そうですね。まあ、足ツボ自体は、そんなにしないですけどね』

『え?』 意味が解らない。

『まあ、良かったらご説明しますよ。どうですか?』

『そうですか。じゃあ、お願いします』 興味が湧いてきた。

『但し・・』

『ウチは、メッチャ痛いですよ?』 挑戦的なドヤ顔だ。

ほぉ・・少々の痛みに耐える自信はある。寧ろ、最近通っていた店には物足りなさを感じていた。

『・・いいですねぇ』 フフ、楽しみだぜ。

意気揚々と店に乗り込むが、この後、人生で3指に入る程の『泣き』を見る事になる。

 

『それでは、当店のご説明をさせて頂きます』

何か大きなフリップが登場し、その構図に従って話が展開する。要約するとこうだ。

『まず、店が用意する『水』を最低1リットル飲む。緑色のお湯が入ったバスタブに足を漬けて、汗と共に老廃物を排出し、最後に足ツボで『気』を整える。個人差はあるが、2週間程度通えば効果が表れ、とても『健康』になる』と言った内容だった。

正直眉唾だが、店主曰く、ここは『部活』の様なものらしい。毎日来る事が前提であるため、この『料金設定』なのだ。

『では、どうぞ』 水が来た。

バスタブに漬かりながら、水を呷る。足湯はジャグジーになっていて、とても気持ち良い。周りの人達は完全に寝ている。順番待ちが無ければ、無制限で滞在して良いらしく、この出合いに無上の『幸運』を感じながら微睡んでいると、

 

『それでは足の方、整えさせて頂きますね』

『あ、はい』 お! 遂に来たか。

キラン!

あれ? 手に何か持ってる。コルク栓を抜くやつみたいな。尖ってますけど、まさか、あれで?

『じゃあ、行きま~す』 とても軽いノリだ。

『ゴぉリ!!』

半寝惚けから、一瞬で覚醒する。

『ふンぐぅ!』 何か出た事無い声が出た。

っぐおり、っごりイ、っぎいり、っぎゃり、っぶちい、っぞりぃ

え? 何してるの? ちょっっ・・まっ! あァアあァ!! いイィぃ、うぅぅん!!   イヤイヤイヤイヤ!! ないないないない!! 俺の足裏にそんな痛いとこある訳ない!!

余りの激痛に、店員の顔を凝視する。

『大丈夫です。私、10年以上やってますから』 諭すように語り掛ける。

だいじょうぶ、とわあぁ?! 何をもって? ねえ? どう見えてる? ねえ?

『ここをね。ブチブチ潰さないと・・』

おぉい!! 何お潰してる! それ潰していい奴何なん? 駄目と思う! 俺はそう思う!

不覚にも涙が滲んだ。ぼやけた視界で周りを見渡すと、常連の方々は『フフ、やってる、やってる。懐かしいね。自分にもあんな頃、あったなぁ』みたいな懐古の表情が多数。実際『コレ』を問題無く受け切るらしい。

『もう少しですよ~』 どう少し? 思考に激しいノイズが入る。

『はぁい、終了で~す』

終わった? 終わったの? もう、ずっと痛い。時間にして10分位だが、危うく魂まで『デトックス』する所だった。

 

施術が終わり、放心状態でフラ付きながら立ち上がる。

『最後に握手しましょう! ウチはこれが決まりなんで!』

『あ・・ふぁい』

『お疲れ様でした! また会いましょう!』 ガッチリ握手を交わす。

 

・・その後、再会の時が訪れる事は無かった。道具は反則だと思う。以降、店への道は散歩コースから外され『桃源郷』は、幻と消えた。

以上