10.カツラ

その他

そろそろ人生も折り返しの年齢を迎え、身体の劣化も顕著になる時分である。

特に体力面の低下は著しい。筋肉は細り、関節は錆びついて、柔軟性は完全に失われている。慌てて鍛え直そうものなら、トレーニングで怪我する有様だ。まあ、何時かは朽ちる身と開き直れば諦めも付くが、可能な限り足掻きたい事柄もある。それは『毛髪』である。

日本人は、世界的にも『ハゲ』を殊更気にする人種らしい。理由は分からないが、心配なものは仕方がない。自分は『まだ残っている方』と自画自賛しているが、全盛期に比べて半分以下の現状を鑑みれば、やはり若干の焦りは感じてしまう。そんな折、馴染みの美容院で『育毛ヘッドスパ』を始める情報を聞き付け、早速試してみる事にした。

施術は7種類の薬液を頭皮に擦り込み、保温後、マッサージを行って終了という工程だった。人に頭を触られるのは、とても気持ち良い。恍惚とした微睡みの中で、何となく若き頃のとある出来事をふと思い出した。

 

『それでは、本日もご安全に!』

『ご安全に!』

朝ミーティングも終わり、今日も多忙の一日になりそうだ。今は設備新調のため、多くの業者が入構し、職場は普段以上の喧騒に包まれている。当然、周りは知らない顔ばかりだ。そんな中でも、お互い何とか連携しつつ、安全第一で業務を熟す日々を送っていた。

その日も猛暑の中で現場仕事を終え、休憩所で一息付いて居た際、同僚から突拍子もない噂話を聞く。

 

『おい、知ってるか?』

『は? 何を』

『今入っている業者さんの中に、カツラの人が居るらしいぞ』

『え、マジで?』

『ああ、しかも部分じゃなくて、完全体の奴らしい』

『どの人?』

『それが分からんのよ』

『だわな』 大体はヘルメット姿だ。ちょっと見分けが付かない。

 

だが、それが本当なら、正直ちょっと見てみたい。『全頭型』を装着している人など、中々お目に掛かれない。それからと言うもの、つい気になり、事ある毎に『それ』を注視する様になってしまった。

 

『では、よろしくお願いします』・・違う。

『ここは、このように・・』 違う。

『いやぁ、今言われても、、』 違う、違う!

居ないぞ?! ホントに実在するのか? 一週間を掛けた懸命の捜索は、虚しく空振りに終わった。しかし、諦めかけた夕方ミーティングで、その時はやって来た。

 

『お疲れ様です! 本日の実績報告ですが、』

いつも通りの流れで夕礼が行われる。大勢が集まる中、疲れから半分ボケた頭で聞くと無しに突っ立っていると、視界内に奇妙な『違和感』がある。

 

『ンん?』

 

眼前に立つ人のヘルメットから覗く『うなじ』が何処か変だった。よく見ると髪の毛が『樹脂』っぽい。そう、なんか毛先の『断面』が見える様な。髪と皮膚の境目も異様に明確だ。正に『乗っかってる』と言って良い様相を見止め、遂に遭遇した事を確信する。

 

『見つけた!』

 

おぉ~、やっぱり居たよ。少し感動しながら、背後から『マジマジ』と至近距離で鑑賞する。『コレがねぇ~、へえ~』『痛くないんかな』『どうやって止めてる?』等、疑問を浮かべ見ていると、何故か、うなじに『毛玉』が付いているのを発見する。

 

『ええ? 何でこんな所に毛玉が?』

 

普通は絶対にあり得ない現象だ。どうやったら、そこに毛玉が付くのか?自分なりに考察した結果は次の通りだ。

 

このクソ暑い中、汗だくになり業務を実施する⇒仕事が終わり、帰路に着く⇒部屋へ戻って、一先ず座り込む⇒『ぶわ! 暑っついのお!』⇒『サク!』カツラを脱ぎ、カーペットの上へ無造作に置く。必然、うなじ側が下になり、毛玉が付く。これだ!・・しかし、思いのほか扱いが『雑』なんだなと、少し失望する。まあ、確かにそんな『高品質』の物には見えない。毛先の断面が見えるし・・もっと『サラぁ~』っとしたやつなら、カツラ台みたいなのに『ふぅわっ』って扱うんだろうなあ、とか思いを巡らせていたら、

 

『・・です! それでは、本日もお疲れ様でした!』

『っしたぁ!』

 

あ! 終わっちゃった! なんも聞いてなかった。いや、何時もはちゃんと聞くんですよ?! ホントだよ?!

以上