『就職活動』の時期が来た。
自分が通っていた工業高校は、生徒の多くが進学せず、就職を選択した。そのため、3年生の中期以降は、時間の大半を『就活』へ注力する事になる。ファイリングされた求人案内を閲覧し、或いはこの先、一生お世話になるかも知れない会社を探し求める。この頃は、まだ辛うじて景気が良く、選択肢は無数にあった。それ故、只でさえ未来設計が無い中『職探し』は完全に迷宮入りし、すかっり途方に暮れてしまっていた。
『おい、どこ行く?』 窮して、親友に問う。
『俺は、地元に残る』
『・・だったな』
親友は『成績優秀』だ。望めば当校斡旋先で、最も大手の会社を受験可能にも関わらず、敢えて地元の零細工場を希望していた。仲間達の多くが『居残り』を決め込み、対照的に自分は『都会』への憧れが強く、周りの動向はあまり参考にならなかった。
先生と相談して熟考の末、決定した受験先は、サービス業系の会社だった。結局、『行きたい県』と『週休二日』をマストに、自分の選択肢で『最も給料が良い』という基準で選び『業務内容』は一切見ていなかった。これが後に『大失態』への布石となる。
そして、受験当日を迎える。他県へ赴いているため『前乗り』だ。先生より『夜、出歩くなよ』とアドバイスを受け、それを律儀に守り、一切外出する事無く試験に備えた。
会場に到着すると、自分以外に3人が待機している。『ほう、これが今日のライバル達か』と順次、品定めする。中には『両親同伴』で、前日から『会社見学』をして今日を迎える『猛者』が居たり、その他も『気合十分』の面構えだ。この期に及んで、イマイチ実感が無い自分とは『雲泥の差』だ。
『君も受けるの?』 両親同伴が話掛けて来た。
『う、うん』
『今日は、お互い頑張ろう!』
『そ、そうだね』 キラキラしとんなぁ・・
完全に気後れしつつ、まずは『筆記』だ。出来は『良くない』。まあ、重要視されるのは『適正検査』みたいだし、あまり気にしない。次は『面接』だが、その前に『工場見学』をさせてくれるらしい。成り行き任せに付いて行くが、結果、これが一つの『ターニングポイント』になる。
『君の先輩がいるぞ』 案内役が気を利かせる。
『そうなんですか』 確かに先生が言ってたな。
『おーい!』 遠くで作業中の背中を呼びつける。
『・・はい』 まるで覇気の無い声だ。
『去年入った〇〇君だ』
『・・ちわ』
完全に『目が死んでいる』。後から聞くと、その当時、新入りはラインで延々と機械補修を行う『長時間の単純作業』であり、本校では離職率も比較的高かった。先輩の表情はまるで『お前、ここは止めとけ』と言わんばかりだった。実際、これより数ヵ月後、彼は退職した。この現実を目の当たりにして、ようやく自分の中で『スイッチ』が入る。
工場見学後『面接』が始まった。順次、呼び出され、各々10分程度で終了していく。そして、最後に自分の番が訪れた。
『コンコン』
『どうぞ』
『失礼します』
扉を開けると、人事部長と思しき人物に加え、両脇へ1名づつの陣容だ。椅子に腰かけ、展開を待つ。
『緊張しなくて大丈夫。今日は余程の事が無い限り、全員合格だから』
『え? そうなんですか?』
『うん。だから、リラックスして受けてください』 この上なく、柔らかな表情だ。
『は、はい』
拍子抜けしたと同時に戦慄が走る。逆に言えば、このままだと『合格』してしまう。
『それでは、当社を受けた理由を聞かせてください』
『・・何と無く、ですね』
『え?!』 一瞬で空気が変わる。
『何と無く、ですか?』
『はい』
『そ、それでは、業務において、機械操作が多くなりますが、大丈夫ですか』
『機械は、嫌いです』 これは本音だ。
『き、嫌い?!』
『はい、大嫌いです』
『は、はは・・因みに昨夜は何処か出ましたか。夕食で名産を食べたり・・』
『一切、出てません』 これも、ホント。
『えぇ?一歩も?』
『はい、一歩も!』
『あ、ありがとうございました。結構です』 温和な表情は完全に吹き飛んでいる。
『失礼します』
いや、本当に失礼だった。今でも申し訳なく思う。面接後、受験生全員が輪になり、がっちり握手を交わし声を揃える。『春から、よろしく!』皆、合格を確信している。だが、当然の事ながら、入社式に自分の姿はそこに無かった。
一次志望を『自業自得』で見事落っこち、完全にやる気を失って、就活室で呆ける。
『先生~、他にどっか良いとこ無い?』 椅子の後脚でバランスを取りつつ、大欠伸だ。
『お前な、あの条件で落ちる奴に『良いとこ』なんかあるか!』
『そう言わずに~』
『ったく・・ん? 何で二次志望にこんな・・おい』
『お! いいのありました?!』
『ああ、理由は分からんが、これはラッキーだぞ』
それはこの地方で、その名を知らぬ者は居ない、大手子会社からの求人だった。先方の都合上、一次は間に合わず、二次の求人に紛れて居た様だ。成績からすると、本来なら自分には廻って来ない物件だ。周りは既に就職を内定しており、無条件で権利を獲得する事が出来た。直ぐ様、受講票を作成し、送付する。会社側は兎に角、人を集めたかったらしく、完全に『早い者勝ち』だった。受付はギリギリ間に合い、見事合格して、滑り込みで期間内に就職先を決めた。
多くの皆様に『迷惑』と『心配』をお掛けし、無事『卒業式』を迎える。不思議と『感慨』は無く、記憶も薄い。既に次の『未来』へ気が急いて居たのかもしれない。式を首尾良く終え、卒業証書を握ったまま、何時もの面子で『ゲーセン』に集合する。中では、自然と『出る者』『残る者』に別れ立った。
『じゃあ、ちょっと行ってくらぁ』 遂に、この日が来たか。
『おう! こっちは任せろ!』 ふふ、なんのこっちゃ。
別れを惜しまず『学び舎』を後にして、自転車で何時もの道を漕ぎ駆ける。向かい風に煽られていると、不意に背後からクラクションが鳴った。免許取りたての親友が、車内から大きく手を振っている。そのまま追い抜かれ、あっと言う間に視界から消えていく。これから一体何が起き、待っているのか。空手の向こう見ずな若者達は、己の素敵な未来を信じて疑う事無く、人生の新たな一歩を踏み出して行った。
以上