ある休日に暇を持て余し、友人宅へふらりと訪れた。
だが、インターホンを鳴らしても応答が無い。車はあるため、家には居るのだろう。まあ、勝手知ったる他人の家だ。『お邪魔しま~す』ズカズカと遠慮無く上がり込み、おもむろに部屋の襖をスラっと開けた。
『う~す』
『・・・』 返事が無い。薄暗い部屋で、モニターの明かりだけが光々としている。
『何してんだ?』
『・・ゲーム』 見りゃ分かる。
グラフィックは大した事ない。画面上では、大勢のキャラクターが無作為に動き回っている。しかも、ハードが『パソコン』だ。
『ロールプレイングか?』
『そう。ウルティマ オンラインって奴だ』
『へえ~』 ウルティマは知っている。けど、
『オンラインって何?』
『ふ~・・』
友人は、やれやれと言った様子で、ようやく此方を向き直し、この世界観について自慢げに説明を始めた。当時、インターネットが普及するにつれ、頭角を現し始めたコンテンツの一つで『大規模多人数同時参加型オンラインRPG』と言うものらしい。何とモニターに映っているのは、敵を除けば全て『人』が操作するキャラクターである事実を聞き、大きなカルチャーショックを受ける。
『マジか! これも、これも人が操作しているのか?!』
『そう。全部、何処かの誰かだ』
『スゲエ!』
まだ、この近辺は『ISDN』が始まったばかりだった。事実、友人の通信は今にも事切れそうに画像が点滅している。そんな時期だけに、自分はインターネットに対して無知に等しかった。聞けば、余りの面白さに寝食を惜しみプレイに没頭しているらしい。成程、呼んでも出て来ない訳だ。話を聞く内にこの世界にすっかり魅了され、勢いのまま大枚を叩き、直ぐ様、環境を整えた。後日、友人とゲーム内で合流した時は、大層気分が高揚したものだ。それからは、二人で『荒らす』が如く、洞窟内で敵を『乱獲』した。しかし、その行為が他プレーヤーの『逆鱗』に触れたらしく、とある『仕打ち』を受けてしまう。
その日も、普段通り二人で『スキルアップ』に勤しんでいる時、予想外の現象が起きる。洞窟の奥から、一人のプレーヤーが自分達の横を走り抜けた。その直後、追い掛けて来た無数の『モンスター』に轢かれ、自分達は無残にも昇天してしまった。所謂『トレイン』だ。このゲームは、ライフが無くなると『幽霊』になってしまう。その場合、他プレーヤーに助力を請い、復活するのが通例と言える。
『くそ! ふざけんなよ!』 そう憤っていると、
『やあ、申し訳無い』 先程のプレーヤーだ。
『今、ちょっと復活のアイテムが無くて、付いて来て貰える?』
特に悪びれた様子も無く、おもむろに『ワープゾーン』に誘って来た。止む得ずついて行くと、出た先は周りが海の小さな孤島だった。状況を理解できず、訳も分からず立ち尽くしていると、
『お前等、調子に乗り過ぎなんだよ! ここで一生彷徨ってろ!』
そう罵声を浴びせて、彼はワープゾーンに消えた。自分達は、ひと気が無いフィールドで完全に取り残されてしまった。幽霊状態ではどうする事も出来ず『手塩に掛けた』キャラクターは、孤島で『塩漬け』となった。
見事に『オンライン』の洗礼を浴び、ガックリと意気消沈する。それ以来、このゲームからは足が遠退く。しかし、その1年後、友人より『革命的なゲームが出た』と情報を受け、再度、この世界に飛び込む。それは、名作『エバークエスト』だ。プレイしてみると『3D』の『一人称視点』を採用したシステムは、よりリアルな世界観を生み出し、臨場感溢れる大作に仕上がっていた。そして、このゲームは兎に角『デスペナルティ』が酷い。昇天した場合、装備や所持金は全て『亡骸』に残留し、一文無しの丸裸で回収に向かう事になる。これがダンジョンの奥深くだった場合、単独での回収は『不可能』と言って過言は無い。まず持って見知らぬ土地では、絶対に息絶える事が出来無い、圧倒的な緊張感が売りの一つだった。
しかし、この後継である『エバークエストⅡ』は、前作における余りのシビアさにメスが入り、かなり『マイルド』になる。その頃には自分もオンラインゲームにかなり慣れ、何時しか完全に一人立ちし、ソロでの行動も多くなっていた。そんな折、とある二人の女性プレーヤーに出会う。何と、このコンビ、相当ゲーム慣れしており、次から次へとクエストを攻略していく。そんな二人に引っ張られるが如く、度々行動を共にする様になった。そして、ある日、こう提案される。
『ギルド開かない?』
『え? マスターは誰がやるの?』
『君!』
『俺!?』
『うん。どう?』
青天の霹靂というか、思いも寄らない提案に戸惑うが、これも経験と引き受ける。そして、都度、ギルメンを勧誘していくのだが、そこは『女性』の強みというか、ギルドは、あっと言う間に膨れ上がり、30人を超える大所帯になった。当初は『チームリーダー』である事に鼻を高くしていたが、そこからは『試練の時』だった。突然、女性コンビが自分達で勧誘したにも関わらず『あの人、嫌い』と、派閥を作り出した。チームは否定派と擁護派で分裂し、大騒動を巻き起こした。最後は二人がギルドを脱退し、自分に皆を引き留める程の器は無く、一団は離散と相成った。いや、人間関係とはホントに難しい。
これを最後に『MMO RPG』は事実上の引退となったが、プレイ中はこの世界特有の興奮と喜びを味わい、苦い思いを凌駕する程の楽しみを得る事が出来たのは間違い無い。また、一切の遠慮無く本音をぶつけて来る他人とコミュニケーションを持てたのも良い経験だろう。何処で何をしても、人間性の『本質』を変えるのは困難だが、この先何があろうとも『自分に格好つけて生きる』こんな現実逃避で己を偽り、最後の時まで良い人ぶって終わりたいものだ。
以上