自分に残されたのは、無駄に大きな家と借金だけだった。
何時迄も落ち込んでは居られない。先ずは再度、生活を立て直す必要がある。家計は全て前妻に任せていたため、現状の収支が全く分からない。取り敢えず月の支払いを紙に書き出し、その種別と金額およびローンの残年数等、『支出』を概算した。
次は『収入』だ。当社において『福利厚生』の優良さは、文句の付け様が無い。逆を言えば、それを失った時の落差は想像を絶すると聞く。総務の女性社員に現状を説明して、差し当り『減額』の程度を確かめる事にした。
『あの～、この度離婚しまして、この場合、どれ位下がりますか？』
『ああ、そうなんですか。ええと、』 結構、ドライに対応してくれるな。有難い。
『大体、１０万円位ですね』
『え！ マジですか！』
『はい』
『りょ、了解しました。』
覚悟はしていたが、これはかなり破滅的状況だ。自分は『生活残業』をしないため、手取りは只でさえ少ない。更に１０万円以上の減額となれば、冗談抜きに立ち行か無くなる。その時期は会社の『中計計画』を策定していたが、時間の合間に自らの『中計』も作成してみる。すると、五か月後に『赤字』となる事が判明した。ヤバい！家を手放す事に成り兼ねない。いや、売ったとしても『二束三文』で膨大なローンは残ったまま、アパートの家賃を払いつつ、他の借金と生活費および養育費を、、うわ～・・因みに貯金は全て前妻へ渡しているため、手持ちは『0』で完全なる『背水の陣』だ。しかし、追い詰められた事により、すっかり開き直って、思いの外に頭は『冷静』となる。それからは我武者羅に収支改善の実現へ向け、鋭意奔走して行く。
取り急ぎ積立を解約して、小さな『借金』を全て完済した。ここは無理をしてでも『月払い』を減らす必要がある。続いて『保険』の見直しだ。可能な限り『掛捨て』に変更し、遺族支援は全て解約する。それから、車を『軽』に買い替え、支払い方法は『残クレ』で、車検を含め全点検をその中に収めた。不測の一時金が発生しない様、全支払いを『固定費』とした。いいぞ、光が見えて来た。残る削減要素は『食費』である。ここを如何に『節約』するかが、家計のキモになる。その当時は本社勤務のため『都会』在住だ。探せばあるもので、近隣のスーパーに『２５０円』の弁当を発見する。2食をそれで賄えば１万５千円／月だ。休日の昼は『試食』を利用したり、形振り構わず節約に努めた結果、ようやく年間収支から『赤字』が消えた。だが、その代償もあった。ある日、勤務中に女性社員から声が掛かる。
『ねえ、ちょっと怖いんだけど・・』
『はい？ 何がですか？』
『・・痩せ過ぎ』
『え？』
気付かなかった。体重計に乗ってみると、この3ヵ月で『８kg』落ちていた。これでは『病的』に見えても不思議は無い。只、本人は『小食』で贅肉を削ぎ落し、財政も一安心となり、寧ろ、心身共に『快調』そのものだった。しかし、周りからは『離婚』で壮絶なダメージを受けていると解釈されており、この同情に満ちた空気には閉口したが、まあ否定も出来ないので、そのままにした。
そして、もう一仕事ある。『家の整理』だ。内外共に途方も無く荒れていた。掃除は不十分で、使わない不要物が散乱し、多種多様なゴミは倉庫に押し込められていた。庭は雑草が生い茂り、最早、人が住んでいる様相では無かった。『これを済まして、ようやくスタート地点に立てる』そう意気込み『大掃除』に着手した。
最初は兎に角、捨て捲った。回収日まで待たず、直接ゴミ処理場に持ち込み、引っ越し前の如く家から物が消えた。綺麗になって行く室内を見渡し、ある種の『快感』を覚えながら、最低限の必需品だけを残した。それからは『掃除機』『草刈り機』『高圧洗浄機』を購入し、外観の美化に取り掛かる。休みの度に帰っては、およそ一ヵ月を掛けて全ての工程を完了した。
これで新環境は整った。『一時はどうなる事かと思ったが、まあ、独り身だけに何とかなるもんだ。しかし、改めて見ると、家は空虚な程に広いな』炬燵に入りながら、そう思い臥せっていると、時計は『１７時』を指していた。
『ああ、もう、こんな時間か』
『・・風呂、洗わなきゃ』
せかせかと風呂場に向かい、寒い中、素早く浴槽を洗う。
『うう～、寒い！』 炬燵に滑り込む。
『そうだ、今の内にあれ、やっとかなきゃ』 再度、飛び出す。
ん？ その時、ふと思う。一体、何を焦っているんだ？・・そうか、何時もなら家族が帰って来る時間か。・・あれ程迄、頭では解っているつもりなのに、体はまだ、皆の帰りを待って居るのか。
自嘲しながら、急ブレーキを掛ける様に動きを遅めた。ゆっくり行こう。もう、何も急ぐ必要は無いのだから。
以上
