3-①.青年期

半生

砂で薄汚れた木の下駄箱へ、真新しい靴を放り込む。

初登校日である。中学校までは、小さい頃からの幼馴染ばかりで、気心知れていたが、今日からは違う。周りの威圧的な髪型や制服に気圧され、『初めの一歩』は完全に出鼻を挫かれてしまった。

教室に入り、自分の席に座る。折り目一つ無い、教科書が積んである。間が持たず、適当に捲るが、どのページにも小さな文字で、複雑な公式が並んでいる。軽く絶望しながら『高校では、真面目に勉強しよう』と、一応、意気込む。だが、『初心は忘れるもの』である。新しい教科書が廃れる頃には、そんな気持ちも何処かへ消え失せていた。

『おはようございます』

担任の挨拶でホームルームが始まった。一通りの概要説明と自己紹介で初日は終わった。生徒全員、得も言われぬ緊張感の中で、牽制し合う様に沈黙していた。その静けさは、弁当を食べている時、沢庵を噛む音が鳴り響く程だった。

 

1週間後、アイスブレイクも終わり、各々、気が合うであろう仲間達と交流を始める。男子校だけに、教室が喧噪に包まれる迄、大した時間は掛からなかった。

自分は、特に群れる事も無く、教室で一人、何となくボーっとしていた。夢も将来遣りたい事も無い。こんな感じで3年間過ごすのだろうと、全てに無関心だった。

だが、それでも『若さ』は偉大だ。こんな自分ですら、無限に沸き立つエネルギーの発散場所を求めて、放課後、フラフラと校内を彷徨っていた。

その時、思っていたのは『中途半端になった、空手でもやってみるか』だ。しかし、この高校に空手部は無く、代わりにあったのは『柔道部』だった。正直、この溜まったストレスを解消出来れば、何でも良かった。迷わず道場の門を叩く。

『おう!入部希望か?』 道着のゴツイ人から、声を掛けられる。

『は・・い。あ!』 その人は、幼少期に随分、お世話になった人だった。

『お久しぶりです!』

『オオ!お前か!ここに来たのか!』

『はい!』 この人が卒業後、プロレスラーになったのは、驚いた。

『他にも入部希望が居てな。あそこで待ってろ』

『分かりました』

4人程が固まっている一角へ行く。特段、誰と話す事も無い。だが、何故だろう。ある一人が『癇に障った』。直感的に『何か気に食わねえ』と、思ってしまった。それまで初対面の人間に、そんな感情を持った事は一度も無い。

恐らくは、人生で唯一と言える『親友』との邂逅だった。

その男は、記憶力に優れ、数学を得意にしていた。強運の持ち主で、人を引き付ける魅力があり、要領良く、喋りも上手い。自分には無くて、欲しいものばかりを持っている奴だった。自分は『君付け』や『敬語』から入るのが普通で、その後、容易にそこを抜け出す事は出来ない。だが、彼奴とは最初から当たり前の様に『呼び捨て』『タメ口』であり、一切の遠慮は無く、常に感情剥き出しで衝突していた。兎に角、負けるのが嫌で、全てに張り合ったが、敵わぬ事が多く、『死ねば良いのに』と思う程、妬ましい存在でもあった。だが、この出会を切っ掛けに、高校生活は自分の想像を超えて、大きく変わり始める。

 

結局、新入部員は、全部で5名。しかし、1年後に残っていたのは、自分と彼奴の二人だけだった。その頃には、体の厚みは倍化し、帯の色も白から黒に変わり、大会では個人戦において、準優勝するまでに成長していた。彼奴は主将、自分も副主将になり、後輩も出来ていた。

しかし、この1年間で有り余る鬱憤を全て吐き出し、何時もの悪い癖が出る。柔道も『飽きて来た』のだ。

ある日、大会を寝坊でボイコットしてしまう。しかも、自分だけでは無く、彼奴も同様に欠席、気の合う事だ。当日は、主将・副主将不在で棄権。後輩達は会場の隅にて、体育座りで見学と、最悪のデビューを果たした。

この日以来、彼奴と二人、道場から足が遠退く。顧問や後輩から復帰を懇願されるも、完全に気持ちは冷めてしまい、程なくして退部となった。

 

それからは、お定まりの『帰宅部』となり、放課後は当ても無く、二人で町を徘徊していた。すると、一軒の店が目に付く。高校の近くにある『ゲームセンター』だ。暇を持て余し、立ち寄って見ると、そこは同級生達の溜まり場だった。機体を囲み、目を血走らせて、何かに『熱狂』している。

そのゲームは『ストリートファイターⅡ』だった。

 

柔道部を実質『首』になり、高校生活も『これにて終了』と思われたが、『熱き青春の日々』は、ここからが本番だった。

以上