2-④.一般職員(録)

仕事

只、ひたすらに、目先の事を追うので精一杯だった。

山積する業務の対応が追い付かぬまま『新規事業』の主査をする状況になってしまった。誰も経験が無い未知の領域だ。ましてや、新参者が受け持つのだ。自分のみならず、部署全体で大きな不安感が漂っていた。

『おい、大丈夫か?』 上長が様子を伺いに来た

『やるしか無いんでしょ? 心配なら変わって頂いても構いませんが?』

『いや、俺は遠慮しとくわ』

『まあ、何かあったら言ってくれ。協力はする』

『分かりました』 正直、当てには出来ない

課長も『丸投げ』した後は、梨の礫で『放任』状態だ。これは『腹を決めて』自分一人で遣り切るしかない。まずは、各担当の『窓口』を認識する必要がある。『何か』あった時『誰』に聞けば良いかを明確にしておけば、大きな後手を踏む事は無い。この業務に関わる、客先・付託・施工の担当者にアポを取る。客先より、大枠の設備概要・業務内容を聞き、設備規模から施工と費用の相談をし、人員数と人件費について付託と調整する。例に漏れず、時間は無い。細かい事は後回しで、取り敢えず全体の『骨組み』を作る事に奔走した。

 

この時期に付託会社の『部長』と懇意になる。これ迄も様々な業務委託でお世話になり、散々『無理』を聞い貰って来た。この方もまた、『課長』より、壮絶な『指導』を受けた一人であり、数々の『追い込み』を受ける自分の姿を見て、何かと気遣って頂いていた。

『何時も大変ですね。あの人、書類が通らんでしょう』

『はは、もう慣れました』

『何かあったら言ってください。出来るだけの協力はします』

『ありがとうございます! ほんっっとに頼りにしております!』

あの当時、唯一の『味方』だったかもしれない。新規事業は多くの難題を抱えながらも、周りの理解と協力を得て、徐々に形を成していく。課長の『横槍』で『ちゃぶ台返し』を喰らう事も多々あったが、半年の月日が流れる頃、設備は竣工を迎えて、試運転も終わりが見え始めていた。

 

『ようやく、ここまで来ましたね』 部長より労いの言葉だ

『本当に、ご協力ありがとうございました』 感謝しかなかった

設備の運転要領も固まり、人員配置に無駄は無い。多額の費用を掛けた試みだけに『実運転』での成果には期待が高まった。そして『本運用』に向けた契約締結の時、最後の試練が訪れる。

 

『失礼します。課長、付託会社との本契約はこの金額で行こうと思います』

間違い無く、双方が歩み寄れる限界の数字と言えた。今迄、幾多の契約に携わった課長には、それが伝わっている筈だった。しかし、

『高いな』

『え?!』

『まだ、交渉の余地はあるだろ』

『ですが・・』 無い!

『さっさと、行け!』

『は・・い』 何て言えばいいんだ

ここに来て、これか。付託会社にはこの先、どれ程お世話になると思っている。多少値切って何の意味があるんだ。今回も『あれ程』迄にご助力頂いたのに『恩を仇で返す』事になってしまう。しかし、課長命令は『絶対』だ。焦燥しながら電話に手を伸ばす。

 

『いつもお世話になっております』 果てしなく気は重い

『ああ~ お疲れ様です』 部長だ

『すみません。例の金額なんですが・・』

『大分落ち込んでますね。また無茶言われたんでしょ』 笑っている

『はは、お察しの通りです。3%減を言い渡されまして』

『いや! 取り敢えず形だけの交渉なんで。此方で何とかしますから』

『・・いいですよ』

『え?!』

『分かりました。それでお受けしましょう』

『・・いいんですか?』

『その代わり、今後共、よろしくお願いしますよ』

『ありがとうございます・・』 この恩は忘れる訳には行かない

 

電話を切り、課長の席へ向かう。

『失礼します』

『おお、どうだった?』 どうせ駄目だろって顔だ

『お受け頂きました』

『ん? あれでか?』

『はい』

『そうか、ふ~ん』

『捨て駒に駄目元で無茶を言わせてみたら、通ってしまった』と言わんばかりだった。難所を越えて、この後は滞り無く進み、全ての工程が終了し、本運用が始まった。設備は安定した収益を上げ、まずは一安心となる。そして、この後から『課長』の態度に、少し『異変』が見え始めた。

『おい!』

『はい。何でしょう』

『今後、運搬車の配送調整を全てやれ!』

『分かりました』

『今から客先と契約交渉する。付いて来い! 議事録は任せる』

『分かりました』

『おい! 何で彼奴らにあの業務をやらせてるんだ! お前が仕切れ!』

『はい』

『おい! これどう思う。意見を言え!』

『はい、それは・・』

 

相変わらず人使いの荒さに変わりは無いが、当初の理不尽さは息を潜め、ようやく『部下』として扱われる様になり、周囲からは、あの『重圧』を初めて受け切った者として一目置かれる存在になっていた。自分自身『錆びを落とした』と言うより、根本的な変貌を遂げた感覚を禁じ得なかった。

この部署に異動してから、早一年が過ぎようとしていた。

以上