1-⑤.離別編

生活

『予想外の一言』では無かった。

妻はその言葉を発した後、俯き、頭を抱えたまま無言となった。自分も二の句が継げず、重苦しい沈黙の時間が流れる。初手を誤れば一気に傾き、終わるだろう。だが、この状況を打破しなければ、何も進まない。慎重に言葉を選び聞き返す。

 

『何が、無理なんだ?』

『・・怖い』

『何が?』

『もう、言動の全てが怖い』

頭を掻き毟りながら、震えた声で返答する。今思えば、自分の中でも、この瞬間に『切り替わって』いたのかもしれない。

『皿の時か?』

『そう・・あの時、自分の中で何かが切れた・・』

『やっぱりか。あの後から変だったからな・・気付いては居たんだが』

『気付いてたんなら、もっと早くこの時間を作って欲しかった』

ハッとした。確かに何故こうなるまで『放置』したんだ? 明らかに何時もと違う事は分かっていたじゃないか。或いは自分も、この状況を望んでいたのか? いや、そうじゃない。 いや、そうなのか?

 

『もう、遅いのか?』 自問自答を抑え、足掻く。

『遅いと思う。多分』 流石に迷いは見える。

『家事やるよ。ご飯も作る』

『もう、そういう事じゃない』

『別居、と言う手もある』

『今、別居みたいなもんじゃない』 嘲笑を浮かべる。

『単身もあと一年位だ、帰るまで待てないか?』

『帰る前に決めたいの』

『ホントに無理なのか』

『・・分からない』

そう言い、妻は泣き始めた。最近、薬も増えている様だ。この姿を見て、直ぐに思う。『間違っても『壊す』訳には行かない』と、子供は娘二人、将来的にも女性同士でないと言えない悩みがあるだろう。父親に付いてくるのは無理がある。自分は親と『絶縁』しているため、仕事をしながら、娘達を育てる方策が思い付かなかった。だが、それは全て言い訳だろう。結局は『自信』と『甲斐性』が無いだけ。何もかも『情けない』と気落ちしていた時、

 

・・コト

二階から微かに物音が聞こえた。

『ちょっと、上に行ってくる』

『え?』 妻には聞こえていない。

引き戸を開けて階段を上る。すると、そこには涙で濡れそぼった顔で立ち尽くす、次女の姿があった。

『どうした?』 どうした、じゃないだろ。

無言で、この上無く不安そうな顔をして、微動だにしない。

『母さん、まだ内職あるから、父さんと寝よう』

抱っこして布団に連れて行く。嗚咽を漏らしながらも、5分後、落ち着きを取り戻し眠る。まだ、自分の胸で寝てくれる次女と、長女の安らかな寝顔を見て『やはり、このまま諦めたくない』と、強く思い駆られる。

 

再度、テーブルで向かい合う。

『もう一度、チャンスをくれ』

『・・・』

『無理は言わない。お前が壊れたら終わりだ』

『・・・』

『出来るだけ変わろうと思う。その姿を見ても駄目なら真剣に考えよう』

『・・何を?』

『離婚を』 この言葉を出すべきでは無かった。

『どれ位、頑張ればいい? 先が見えないと持たない』

『出来れば、二人の成人まで』

『長い・・』

『出来るとこ迄でいい』

『なら・・もう少しだけ』

『ありがとう。だが、ホントに無理はしないでくれ』

『・・分かった』

 

何とか峠は越えた気がした。だが、後から考えれば、まるで『後押し』するかの様な会話だった。しかし、この時は『これで当分、大丈夫だろう。その間に建て直せば良い』そう思っていた。一安心して赴任先へ戻り、次の朝を迎える。そして、普段通り業務を終えた夜に、携帯が鳴った。

 

『はい』

『・・私』

『ああ、昨日はすまんかったな。遅くまで』

『・・別に』

『どうした?』

『今日、親と話をした』

『何を?』

『離婚するって』

 

耳を疑った。何でそうなる。一気に奈落へ落ちる様な感覚に襲われた。携帯を握る手は脂汗に塗れ、耳は熱い。結局、こうなるにしても早過ぎる。形振りは構っていられない。しがみ付いてでも延命する決心を固めるが、妻の声は、もう止められない事を予見するに十分の覚悟が籠っていた。

以上