1-⑧.離別編

生活

『7月3日』に離婚届を提出する事となった。

この日であれば、会社からの『扶養手当』が残り半期分も継続して取得出来るため、当初の予定より、若干先送りになる。新たに発生した多少の猶予は、二人の娘と『家族』として過ごせる最後の時間だ。公園で長女と自転車の練習をして、保育園へ次女のお迎に行き、二人の宿題を手伝った。全て『妻に任せて来た』事ばかりだ。『何を今更』と嘲笑されようと、少しでも多くの時間を共にしたい一心だった。

そして、皆で迎える最後のイベントがやって来た。毎年、夏になれば、牛二頭を潰し、その肉料理を振る舞うお祭りが開催される。近辺では、かなり盛況する事で有名だ。ここ最近の陰鬱な気持ちを吹き飛ばす、楽しい思い出作りの筈が、無情にも行きの車中で一悶着起きてしまう。

ふと見ると、何時の間にか長女がスマフォを所持している。聞けば、妻が携帯を新調した後、その『お古』を貰ったらしい。まあ、中学生なら持つに早過ぎる事は無い。熱心に見ているのは、友達と撮影した写真の様だ。横から覗き込み、共に盛り上がっていると、奇妙な『スクリーンショット』を発見する。

それはLINEの会話を撮ったもので、全2ページに渡っている。長女に携帯を貸して貰い、内容を確認すると、妻が見知らぬ男性へ熱心に『アタック』を掛けている文面だった。これを見た瞬間、怒りより『呆れ』が先に立つ。『こいつは、ホントに変わらない・・』駐車場へ到着した後、直ぐに問い詰める。

『おい、これは一体何なんだ?』

『あ! 何で勝手に見てるのよ!』

『そう言う問題じゃない。誰だ、これは?』

『この人は・・』

妻が言うには、役所へ精神不安定を相談した際に担当してくれた男性職員の様だ。悩みを聞いて貰っている内に絆されてしまったらしい。まあ、それ自体は今更『どうでも良い』。問題は相手が『妻帯者』である事だ。

『お前は離婚騒動冷めやらぬ中、今度は子供達を不倫に巻き込むつもりなのか!』

『違う、そんなつもりじゃ・・もう、今は混乱してて・・』

『ホントこの先、大丈夫なのか?』 これを保存したまま、長女に渡す神経は理解不能だ。

『・・・』

 

言いたい事は山程あったが、お祭り前にこれ以上は止めておいた。その後は何とか取り繕い、現地では妻の友人や両親が合流し、例年通りの懇親が始まる。自分は娘達とベッタリ離れる事無く、イベントを目一杯楽しんだ。

 

そして『決行』の日が、刻一刻と迫って来る。だが、離婚届の提出前にすべき事がある。自分は、娘に『離婚日』を告げる必要性を感じていた。何時『終わった』のか知らないまま、宙ぶらりんでは、あまりにも不憫だ。流石に次女は、まだ理解出来ないだろうから、長女のみ伝える事にした。

 

長女を車に乗せ、買い物に出掛ける。今しか無い。意を決して口を開く。

『なあ、姉ちゃん』

『なに?』

『・・明後日、離婚届出してくる』

『・・うん』

返事をした後、嗚咽が聞こえる。また泣かしてしまった。これで正しかったのだろうか。只、傷を抉っただけでは無いか。そう自問自答していると、

『大丈夫、周りにも沢山居るから』

『・・ゴメン』

逆に気を使わせてるじゃないか・・情けない。だが、その反面、自分が思う以上に子供達が『成長』している事を知り、少し安心した。

 

当日、有給休暇を取り、家で10時を待つ。書類に訂正があった場合の事を考え、妻も待機している。そして、重い沈黙の中、時間が来た。

『じゃあ、行ってくる』

『・・うん』

『色々あったけど、今迄、ありがとう』

『・・・やっぱり、分からなくなった』

『は!?』

『これでいいのか、分からない』

『?!』 絶句した。今更、何を言い出すんだ。

『もう、引き返せる訳ない。分かってるだろ?』

『けど・・』

『いい加減、覚悟を決めてくれ』

『・・分かった』

これでは、自分が『別れ』を望んでるみたいだ。しかし、ここで例え『思い留まって』も、お互い何一つ変わってないのだから、結局、同じ結末を迎える事だろう。その時、子供達に同じ思いを二度させるなど有り得ない。家を出た後は余計な迷いに駆られぬ様、足早で市役所へ向かい、受付口に到着した。

 

『あの、すみません』 係員を呼ぶ。

『はい、何でしょうか』 狭い町だ。知った顔が応対する。

『これを提出しに来たのですが』

『・・はい、少々お待ちください』

『お願いします』

『・・記載内容は問題ありません。結構ですよ』

『あ、は、はい』

 

離婚届は滞り無く受理され、思う以上に呆気なく、この日『バツイチ』になった。

以上