2-⑤.一般職員(録)

仕事

『お願いがあります』 後輩から突然の申し入れだ。

当社には、零細ながら『組合』がある。その頃、自分はこの組織にまるで興味が無く、会費だけ収めて、行事には強いて参加しない『幽霊』組合員だった。当組に『専従』は無いため、殆どの活動は『ボランティア』であり、また発言力も弱く、『存在意義』を疑問視される事も度々あった。それでも執行部は社員の待遇を少しでも改善するため、業務の傍ら、日々、窓口交渉に努めていた。そんな折、現『執行委員長』の任期が満了を迎え、次期候補選出において、選挙活動が『激化』の様相を呈していた。

 

次期候補は、現『書記長』だ。これは、ある種『お約束』的なもので、本来、エスカレータ式に『委員長』になるのが通例だった。しかし、この『書記長』兎に角、内外に『評判』が悪かった。まず、その『活動』は『公私混同』に満ち溢れ、組合費の『使い道』も明細が残らず、執行部は不満と疑心暗鬼で『空中分解』寸前だった。志ある役員が集い『あの人を委員長にしてはいけない』と、組織は真っ二つに分れ、対立していた。その『反書記長』側の首謀格である後輩から、折り入っての頼みを受ける。それは、

 

『委員長になって頂けませんか』だった。

 

この『藪から棒』過ぎる依頼に、一瞬、思考停止する。しかし、直ぐに気を取り直し、即決で『丁重にお断り』した。当然だ、今まで全く活動に関わっていない。委員長はおろか、執行委員ですら務まらない。どう考えても『無理』がある事を丁寧に伝える。しかし、後輩は一歩も引く様子を見せなかった。

 

『どうしても、あの人を委員長にしたくないんです!』

『気持ちは分かるけど、ホントに何も解らないよ。周りが納得しないって』

『全力でバックアップします! 自分では、まだ若過ぎて説得力が無いんです!』

『そぉ? 実績は十分だよ。俺は票入れるよ』

『器が足りません!』

『俺も足りないって、何なら割れてる』

『いえ! 今迄の業務姿勢から『やる時はやる人』とお見受けしてます!』

『そうかぁ?・・やりたくないなぁ』

『お願いします!!』

『マジかぁ・・』

 

結局、『押し切られる』形で『神輿』として、担ぎ上げられてしまう。自分は選挙に関して『何もしない』事を伝え、候補者として名を連ねる事を渋々承諾した。しかし、形骸化しているとは言え、一組織のトップに立候補するのだ。現状把握だけは、する必要がある。それと同時に、やはり『対立選挙』は避けねばならない事に気付く。同じ社内で、わざわざ『傷付け合う』事は無い。現『委員長』に請うて、『書記長』と会合の場を設ける事とした。

 

『お疲れ様です』

『・・ああ』 書記長は憮然の表情だ

『今日は何の話をしたいんだ?』 委員長が問う

『次期選挙、荒れ模様ですが、認識されてますか?』

『荒らしてるのは、お前だろ!!』 書記長が激昂する。

『いえ、根本は書記長にあるかと思います』 ここは、努めて冷静に。

『何だと! お前は何が言いたい!』

『現執行部は、書記長の『見えにくい』やり方に不満があります』

『見えにくい、だと!?』

『はい。帳簿に残らない『使途不明金』が多過ぎます』

『私腹を肥やしてるとでも? 全て活動費だ!』

『ええ。分かってます。そのやり方を少し改める気はありませか?』

『何ぃ?』

『今後はしっかり明細と帳簿を残しましょう。あなたが変わるなら、私が皆を説得します』

『・・・やろうとは思っていた』

『そうですか。それなら執行部も安心するでしょう』

『やはり、選挙で争う事は避けねばなりませんから』

『それは同意する』 皆、頷く

 

その後、書記長より、全てを正す旨『初心表明』を行って貰い、何とか丸く収まって承認選挙となる。悪評の影響は残っていたが、投票数は辛うじて過半数を超え、程なくして新体制が発足した。自分は『お目付け役』として、書記長となった。しかし、僅か一年後、委員長が退任する。どうやら、只、委員長になったと言う『箔』が欲しかっただけで、あっさり立場を放棄し、辞めてしまった。何処までも自分勝手な行動に呆れながら、後任として、自分が『委員長』に就任する事になってしまった。

だが、選任された以上、最低限の責務は果たす必要がある。まず着手したのは、『黒い』噂を全て明るみにする事だった。この分会には、昔から、ある『疑惑』があった。組合が社内敷地に『自動販売機』を設置し、その『利益』を本部には内緒で『着服』しているというものだ。直ぐに『担当者』へ連絡し、事情確認すると『既に契約は切れている』との返答だった。不審に思い、前『委員長』に確認を取った。すると、

 

『それは、只の噂だ。お前もそれ以上、妙な詮索はするな』

『ですが、これは、ほぼ周知の事実ですよ?』

『実際、そんな話は無かっただろう。お前は『知らない』で良いんだ』

『・・・』

得心は行かないが、確かに『無いものは無い』。或いは、最後の『親心』だったのか。本部に現状を説明した結果、今までの事は全て水に流し、潔癖な活動をする様、依頼される。その後、周りの全面的なバックアップで、新たな執行部はどこか頼り無くも、円滑に活動を遂行し、徐々に信頼を得ていった。

 

社内の地位とは関係無く、組合の『委員長』は『所長』と同格の発言権を得て、対等の立場となる。しかし、それが『建前』であるのは、お互い解り切っている。常に『気遣い』を忘れたつもりは無いが『若気の至り』は、忌憚の無い主張を繰り返し、何時しか会社のトップと『確執』を深めて行く事となる。

以上