1-⑥.離別編

生活

この一週間は、全てが上の空で過ぎ去った。

妻より『三行半』を突き付けられ、底知れない落胆の中、週末を迎える。取り敢えず結論は先送りで延命したが、敗色濃厚の展開に、家へ帰る足取りは殊更重かった。

 

『ただいま』 何時もは、強いて言わない。

『おかえり!』 二人の娘が返す。

『・・ただいま』 もう一度、妻の眼前で繰り返す。

『・・おかえり』 何の感情も無い。

 

その後、夕飯を済ませ風呂に入る。妻をどう説得すれば良いか、未だに妙案は浮かばず、無策の状態だ。湯舟に身を任せ、現実逃避の入浴は、何時もより長いものになった。

 

深夜、テーブルで再度、差向う。妻は相変わらず目も合わせない。完全に開き直っているのか、その雰囲気は『強気』の姿勢だ。

 

『もう少し頑張るんじゃ無かったのか?』

『そのつもりだったけど、やっぱり限界を感じた』

『親は何て言ってるんだ?』

『驚いてた。夢にも思わなかったって』

どうやら『友人・知人』の間だけで盛り上がり、親にすら一切の『相談』無く、結論だけ報告したらしい。他人の無責任な言葉だけ重用し、最も親身になってくれる者には『無言』だった。この事に親御さんは強く憤り、寧ろ、自分に対して同情的な感情が生まれ、最大限の『理解』と『協力』を示して頂く事になる。

『これから、どうしたい?』

『別れて欲しい』

『何時までに?』

『もう直ぐ仕事が忙しくなる。それまでにケリを付けたい』

『今年中くらいか?』 その時は、6月初旬だった。

『いや、出来れば今月中』

『は?! そんな急には、お互い無理だろ!』

『今、市営住宅を申し込んでる』

『な?!・・金は?!』 また勝手な事を。

『計算上、大丈夫』

『ホントかよ!』

俄かには信じ難い。ここに至っては、最早覚悟は決まっていたが、兎に角、子供の事が心配だ。今の妻は離婚したい一心で気が急いている。恐らくは、随分前から準備を進めていたのだろう。しかし、此方に与えられた時間は、僅か『一ヵ月』だ。混乱も手伝い、何から処理していけば良いのかサッパリ見当が付かない。この日は一先ず話を打ち切り、床に着いた。妻は子供達と二階で、自分は独り、一階の和室で就寝した。

 

朝、目覚めたが、起きたくない。今後の事に思い巡らせていると、3人が二階から下りて来た。寝起きである事を差し引ても子供達の表情は物憂げだ。これ以上、親の『勝手』に巻き込んではいけない。そう思った瞬間、急に頭が覚め、この離婚は『急務』である事に気付いた。子供達が完全に『笑顔』を失う前に終わらせなければならない。

 

それから、状況は目まぐるしく展開して行く。まずは『確認書』を作成した。これは『親権』『養育費』『コミュニケーション』『財産分与』『家屋』に関して、妻と交渉した結果を記したものであり、お互いの『押印』を持って承認した、言わば『契約書』だ。要約は下記に示す。

 

【親権】

・親権は前妻に属す。子供に分別がついていると判断出来た場合、その意思を最優先し、双方の経済状況を加味の上、相談・決定する。

【養育費】

・一人につき、〇〇円/月支払う。前夫の収入に変動があった場合も金額は変更しない。最長20歳で支払い終了とする。前妻が再婚、もしくは、子供が就職した場合も支払い終了とする。その他、必要経費については、双方の経済状況を加味の上、相談・決定する。

【コミュニケーション】

・子供の意思を最優先で、会合は〇回/月程度とし、宿泊する場合もある。回数は、双方の都合で変動する場合がある。

・子供の意思を最優先で、贈り物等はして良い。

・子供の意思を最優先で、イベント等は、節度を守り、観覧して良い。

【財産分与】

・割愛

【家屋】

・前夫の所有とする。それに関わる全ての支払いも前夫に属する。

・止む無き理由で前夫宅へ前妻が在住する場合は、家賃は不要で、家事を助勢すること。また、生活費・光熱費は全て折半とする。

・前夫より、退去依頼があった場合は従うこと。

・家屋、家財破損における損害賠償は、その程度を加味の上、相談・決定する。

 

以上の取り交わしを持って『本人』同士の争いは一応の決着を見たが、山積する調整や手続きに計り知れぬ『徒労感』を覚える中、新たな『未来』に顔を輝かせる妻と、大きな家に一人取り残される自分との心情は、あまりに相対的だった。

以上