1-④.離別編

生活

随分と久方振りの一人暮らしだ。

他県へ転勤となり、一ヵ月が過ぎようとしていた。この期間は仕事に追われ、自分の事で精一杯であり、家庭を顧みる余裕は無かった。妻も一人で、仕事・家事・育児に忙殺される毎日だった。

この転勤は、双方決して口に出す事は無いが『修復』期間の意味合いも兼ねていると認識していた。費用面も考慮に入れて、帰宅するのは『2回/月』程度に抑えた。隔週なら、多少の事は『我慢』出来る筈だ。実際、自分としては概ね穏やかに接したつもりだった。しかし、妻は『不機嫌な表情』『大きな足音』『怒気を孕んだ声』等に怯え、何時『逆上』されるか、内心常に恐怖していた。

 

赴任先には、妻の『妹』夫婦が在住していた。心細い単身生活を様々な形で助けて貰ったにも関わらず、最終的には自分達の『騒動』に少なからず巻き込んでしまい、大変な心労を与えてしまった。その喧噪に気を取られ、お世話になった感謝の意を告げる機会を失い、お礼の一言も伝えられなかった事は今でも後悔が残る。

 

周囲の助けも手伝い、表面上は何事も無く3年が過ぎた。その頃には、お互い『別居』に馴染んで、感情も落ち着いており、夫婦の関係は『修復』に向かっていると思っていた。だが悲しいかな、妻の心情は全く逆を向き始めていた。

 

ある日の昼食時、久しぶりに『衝突』する。理由は皿洗いだった。

『それ位やってよ!』

『それ位なら、お前がやれ!』

皿が数枚砕け散った。娘達は号泣し、妻の表情は今まで見た事無い程の落胆にまみれていた。この喧嘩が『決定打』となり、遂に緊張の糸が切れてしまう。

 

その数週間後、一本の電話が掛かる。

『はい』

『・・私』

『なんだ?』

『今度、職場で主任になるの。勤務時間が増えるから『扶養』を外して欲しい』

『は?! 扶養外せるだけ稼げるのか?』

『大丈夫』

その時は何も思わなかった。却って家計が楽になるのだろう。あわよくば、小遣いの増額を目論んで居たのだから救えない。

更に数週間後、また電話が掛かる。

『はい』

『・・私』

『なんだ?』

『今度、車が2回目の車検だから買い替えたい。自分の名義で買って良い?』

『は? なんで?』

『駄目?』

『・・まあ、好きにすれば』

この時点で、流石に『お目出たい』自分も違和感を覚え始める。

 

その後から、家に帰っても夫婦の会話は無く、妻の表情は完全に『虚ろ』だった。今まで感じた事の無い、あまりにも『無機質』の空気に意を決する。

『おい』

『なに?』 怯えた気配だ。

『今晩、二人が寝たら話がある』

『・・わかった』 皿を洗う手は、微かに震えていた。

 

深夜、差し向かいでテーブルに着く。妻は手で顔を隠し、此方を見ようともしない。その態度に『激昂』しそうになるが、直感がそれを抑え込んだ。今は冷静に話をする必要がある。無理に問い詰めればここで終わってしまう事を予感した。

 

『最近、何かおかしくないか?』 精一杯優しさを込める。

 

『・・もう、無理』 第一声だった。

以上